独仏的クルマ生活

ドイツ車のような奥さんとフランス車のような私のカーライフエッセイ

#88 武蔵野の森公園

 

今日のお昼はピクニックをしようと言うことになって「小金井公園」にやってきました

でも、みな考えることは一緒なのか、公園駐車場の入口はメチャ混んでいて、五日市街道まで渋滞する始末・・

仕方がないので「野川公園にいってみよう!」ってことになり、駐車場に向かったのですが、またここもメチャ混み・・(もうピクニック難民です・・)

そう言えば・・すぐ側の「調布飛行場」にも公園があったのを思い出しました

それが「武蔵野の森公園」です

この公園は調布飛行場を挟むような形をしていて、私たちが向かったのは北側(図の左側)の場所になります

ここの駐車場も満車だったのですが、並んでいると意外にクルマが出て来て、すぐに駐車することができました!(いや~、やっと停められた・・)

入口に向かう途中には野球場があって、リトルリーグの元気な掛け声が聞こえてきます

中に入ると、ちょうどお昼時で、木陰はランチする人でいっぱいです

テントを張ってデイキャンプしたり、私たちと同じようにピクニックしたり、子供と一緒に芝生を駆け回ったり・・

さっそく私たちも、ベンチに座ってランチすることにしました

今日は暖かくて、天気もよくて、都内にいるとは思えないほど静か・・

池のカモたちも、ゆっくり寛いでいます

この池の向こう側には「調布飛行場」があって、上の方でひばりが鳴いています

飛行場と言っても短い滑走路が一本あるだけなので、民間のセスナ機が離発着するような「ほんわか」する飛行場です

この調布飛行場・・実は太平洋戦争中は日本陸軍の飛行場として使用されていました

東京調布飛行場の沿革 (biglobe.ne.jp)より

元々は東京府の公共用の飛行場として1941年(昭和16年)に完成しましたが、その後すぐに陸軍が全面使用することになり、現在の「武蔵野の森公園」「味の素スタジアム」「東京外国語大学」「警察大学校」などを含む一帯が防衛基地として整備されました

戦後は米軍に接収され、やがて「関東村住宅地区及び補助飛行場」となり、1973年(昭和48年)に全面返還されたそうです

いまでも公園敷地には掩体壕(飛行機の防空壕)が一部保存され、「戦闘機飛燕(ひえん)」のブロンズ模型が置かれているんだとか・・

調布飛行場を見ながら歴史や戦争遺跡を知る 府中・武蔵野の森公園でイベント - 調布経済新聞 (keizai.biz)より引用

でもこうやって歩いていると、昔はここを戦闘機が飛んでいたなんて思えないほど「のどか」です

おっ! さっきのセスナが軽やかな音をたてて飛び立っていきます!

向こうに並んで見えるのは、たぶん離島に行く飛行機ですね

この調布飛行場からは、伊豆大島、新島、神津島、三宅島に、定期便が出ています(一番遠い三宅島でも45分で行けます)

公園内にある小高い丘に登ってみると・・

さっきカモが寛いでいた池や、芝生広場や調布飛行場が一望できます

「ピクニック難民になりかけたけど、なかなかイイ公園だったね」

「ホント! ゆっくりできたしね」

「今度外でランチする時は、ここにしよう!」

「そうね!」

「じゃ! そろそろ帰りますか!」

と駐車場に向かおうとしたら、背後から大きな音が近づいてきました

とっさに振り向いて撮ったのがコレ!(離島から帰ってきた飛行機!)

今度はこれに乗って「伊豆大島」や「新島」に行ってみたいものです